No.14|01.25|リフレクション
※リフレクションレポートから抜粋して掲載します.
課題主旨について
9月28日、授業が始まった時のノートを振り返ってみる。Markerに線が引っ張ってあり、「なんでMarkerにしているんだろう?」→「そして何故盛り上がる?」と書いてあった。今思うと、その疑問は解決する気がする。
記録と記憶については、始めは恥ずかしながら深く考えてはいなかった。記録が自分や他人がつけたブログや写真など、記憶は人々が覚えているもののことを指す、と考えていた。だが、実際はそんな浅いものではなかったのがこの半期を通して感じた。そして、日々の体験というのは、未来の自分にとって何かしらの価値があるものだと再確認した。何気ない日常を記録し、振り返ることによってこそ自分の気付かなかったものが見えてくる。Taiken Markerは自身の成長にも、それを見た他人にも影響を与える要素を含んでいるのではないだろうか。考えれば考えるほど面白く、そして果てしなくキリがない。自分の過去を目に見える形で形成し、未来へと繋がっていくもの。そして、他人が自分の中に入り、重なることによって「自分」という存在をはっきりさせる。
(明日の矢印)
最初の授業でTaikenMarkerの説明を受けたときはなにも理解できませんでした・・・。そんな頭を「?」だらけにして取り組み始め、TaikenMarkerってこういうもんなのか!とようやく分かり始めたのは3回目の授業くらいだったと記憶しています。
私はこれまで、ノートもあまりとらず、日記などもちろんつけず、Blogなどをやっていた時期もありましたが大抵は刹那的な情報を取り上げて自分の寸感などを書いていたにすぎませんでした。いわゆるライフログというものの存在意義がいまいちわかりませんでした。
でも、総合演習を通じて、日々の記録って大切だなと実感しました。
わりと私たちの毎日は意味のあることやびっくりするような経験で埋まっているのではないか?と。人それぞれ、生活する環境や生まれ育った背景が違うわけで、そこで一人ひとりが形成されているわけなので、自分が当然と思っていることが他の人から見たら結構面白かったり、意味があったりするものなのだと。
(SLOW STARTER)
また、体験は過去だけではないとも思った。
過去だけで楽しむものではなく、未来のためにも残せるものであり、私たちの班は未来というキーワードを意識したが、発表を見る限り、どの班も無意識に未来を考えているな、と思った。
人間が行ってきた行動、つまり、これが体験だと私は思っていたのだが、どの行動にも必ず意味があり、たとえ無意識で行ったことであっても、その無意識部分にはかならず意味がある。そして、無意識の部分が結構重要だったりする・・・そう思うことが多かった。
考えてみれば、今までは特に何も考えずに20年間を過ごしてきたものだなぁ、なんて演習をこなしながら思った。
(野外図書館においての観察日誌)
指摘されるまで見えていなかったことであるが、たった1枚のどんな写真でも背景がありその前後が存在する。物事をより多くの切り口から見つめていきたいと日々思っている私にとって目が開けた感じであった。知らず知らずのうちにあひるさんばかり見て、うさぎさんの存在に忘れてしまっていたことに、指摘を受けるまで気付くことが出来なかったことが衝撃的であった。
私にとってのTaiken Markerを一言でいうと「記憶を未来に繋げる為の記録物」である。でもそれは、先生からもらったプリントや、ただただ板書を写しただけのノートではない。自分の言葉で書いたものや、自分の意思を組み込んで作ったものなどである。受動的に出来た記録物ではなく、能動的に作った記録物ということである。さらに、Taiken Markerはflowしているものを何でもかんでもstockするのではなく、自分で選りすぐったものをstockしたり、逆にstockしたものがflowしたり、常に変化していくものである、と思う。
(11-41)
また、今は当たり前のことでも時間が経ったら当たり前でなくなる、当たり前こそが幸せで特別なことである、そんなことを感じさせてくれるものも Taiken Markerであるのかなと思った。Taikenしても人間すべて記憶していることは絶対といってない。しかし記録しておくことで思い出せることがたくさんある。嬉しいことも、悲しいことも、嫌なことも、つらかったこともすべてが自分のTaikenなのであって変えることはできない。今の一瞬前からはすべて過去なのである。そんな過去を見てこれからどうしたらいいのか=未来について考えている。Taiken Markerをきっかけとして再度Taikenする。そしてMakerする。Taiken Markerはサイクルしていて終わることがなさそうだ。
(Cherry*)
私たちのグループの体験マーカー「モノlo-g」は何か新しい気づきを得た事から生まれたものではない。
あまり意識しない日常を振り返り、誰もが身近にある「モノ」に着目をしたからこそ「テーマが興味深い」などの意見をもらえたんだと感じる。<中略>日常の、私たちの身近すぎて気づかない、見落としがちのモノに目を向けると新たな発見の機会がまだあるという事を、体験マーカーを通して気づく事ができた。
(kondoh blog)
それでも、グループワークを通して段々と私の中での「TaikenMarker」が見えていきました。体験したことをただ記録を残すだけではダメで、その記録を見返した時に初めて「TaikenMarker」になるんだということ。そして、見返すという行為がまた新しい体験になっていくのだということ。
(Little Planet)
記録をとるということ
活動記録もこれに当てはまると思います。提出のためではなく、自分のために書いているということをこの演習で学びました。
2010年になってから毎日日記を書いています。記憶というのは、時が経つにつれて薄れていってしまうものだと思うので、日々の記録をとることを大切にしたいと思います。
「同じ時は一生来ない。」これはインタビュー調査をした時に友達が言っていた言葉なのですが、とても心に響きました。この演習の中でずっと私の頭の片隅にあった言葉です。今を大切にしようと思えるこの言葉もTaikenMarkerだと感じました。
(Tomorrow is another day)
実際には活動記録を放棄していて、なぜ書けなかったのか分析すると、単純に前期に比べて、議論が濃くなったことと、GWが増えたことにより、書きたいことが多くなってしまい書ききれなかったのと、内容を忘れてしまっていたのが原因である。活動記録を書けなかったということは、その日の議論をちゃんと整理して理解できていないということで、書かなかったということは、それを理解する機会を放棄していることになると思う。
(horoscope)
授業はポートレートを作ることや、グループメンバーの小さい頃の写真を見せあうなどテーマであるTaiken Markerと何が関係あるんだろう?と疑問に思いながら言われるがままに作業を進めていた。しかし4回目の授業らへんでグループで話し合い、四苦八苦しながらTaiken Markerが何を指しているのか理解し始めた時今までの授業にはちゃんと意味があったのだと気がついた。
<中略>私はこの授業を受けるまで体験や記録に意識をもつことなく、ただ流す一方だった。しかし授業を通してその意識は変わった。授業時間外でも"体験"や"記録"について意識するようになり、日々の体験をただ流すことがもったいないと感じるようになった。それまであまりとってこなかった写真を撮るようになったり、日記をつけるようになったりもした。その結果今まで見えていたのに見ようとしていなかったものが見えてきたなと感じる。
(今日から本気出す!)
授業を受け始めてからより多くの記録を取ろうと思うようになった。少なくとも大学生であるうちは積極的に記録を取り続けると思う。 <中略> 半年間のグループワークで学んだことは、ホワイトボードとノートの大切さ、メリットとデメリットである。ホワイトボードは気軽に書けて意見を整理するのに役立つが、記録するにはもう一度書き写さなければならない。紙に書くと修正が難しい。ホワイトボードに書いて、決まったことをノートに取るのがベストだった。途中から1冊のA4のノートを買って記録していったが、ルーズリーフのようにバラバラにならずに見やすくて良かった。A4という大きさも一度の議論が見開きで収まるのでちょうどいい。 (blog:mose)
プロセスについて
各プロセスを通して思ったことは、ユーザ中心設計の難しさである。<中略> 企画を進めるにあたって話の中心になるのは「どうしたらユーザにとって役に立つのか、使ってもらえるのか」である。常にそれを頭の中において話を進めなくてはいけないのに、今回の企画においてそれを忘れ、自分たち中心設計になってしまうことが多々見られた気がする。本当にペルソナが使いたいと思うのか、役に立つことができるのか、もっとユーザーの人間像を明確に掲げていれば企画を考える上でもっとスムーズにいけたのではないかと思った。
(仔猫のブルーのワンピース)
中間プレゼンテーションの後、もう一度新たにツールを考え直していた時は、白紙に戻ってしまったという恐怖感や焦りでいっぱいでした。しかし、今 Taiken Makerを終え全てを通して考えてみると、この方向転換は白紙に戻ったわけではなかったなと思います。『3Eスケジュール帳』を開発するまでに行ってきた細かい話し合いで生まれた気付きは全て『LOOK to FUN』にも生きていました。例えばアナログの重要性など。『LOOK to FUN』には、私たちが半期の間に行ってきた話し合いの内容全てがつまっていて、決して方向転換は無駄ではなかった!!今そのことを実感できてこそ『LOOK to FUN』は成り立ったと思いました。
(Kimmy)
中間プレゼンで出た課題と改善点を一つ一つ解決していきカードをよりよいものへと変えていった。課題の解決を全部終えた頃にはカードのデザインとWebのトップページのレイアウトを考えた。カードのレイアウトはすぐにできたがトップページに時間が掛かった。どのようにすれば見やすいものになるかどう配置すればいいかを考えた。しかし、配置ばかりを考えてしまい、ユーザーの目線に立っていなかった。そのためトップを全面的に考え直すこととなった。確かに、自分たちの考えだけで相手の立場に立たなかった。何事にも自分本位でなく使用するユーザーの目線に立たなければならないと言うことを改めて知った。
(ゆるーくGo5!!)
作品制作をするにあたって、莫大な量の話合いをしてきました。
1番きつかったのは、企画が立つまでの間だと思います。
企画を先生に見せに行って、何回もやり直して、みんなの納得のいくまで議論して…という経験は初めてであったし、私自身、こんなに意見を言ったのは初めてでした。後期のグループワークは前期とは違ってもっと重みのようなものを感じたし、みんなの積極的に取り組む姿勢に圧倒されながらも、自分もグループのために頑張ろう、と思えたので、責任感もつきました。
(ぽよぽよ)
着想について
抽象的なテーマに悩んだ。そして、いつもなら素通りしていた様なテーマを見直すきっかけとなった。普段の人の生活や日常を観察していったり、データを採って分析していけば、そこに手がかりは転がっていて、見えてくるものが有るのだと分かった。そんな事も体験した。考え抜く事の大切さが必要だと思ったし、その為の体力を得た。
(片言隻語)
・アイデアは突然降臨しない。
この演習で強く感じたことは、きちんとしたプロセスを通せばちゃんと事実は拾いだせるということ。逆に言えば、どんなに唸ってもいきなり素晴らしいアイデアはひらめかないということ。
元々長い時間をかけてひとつの企画について議論したことの無かった自分には新たな発見だった。
色々な展示会などで「よくこんなところに気付いたな」「絶対こんなの思いつかないな」とよく思うのだが、そういうレベルの高い人達も、芸術家のように突然良案が舞い降りる訳ではなく(もちろんそういう人もいるのかも知れないが)きめ細かいプロセスで思考できる、考える工程がすごく上手い人なのだろうということを知った。
(あるぱかが好き)
振り返ってみて一番の課題は、調査結果と自分たちの考察の因果関係と信憑性だ。調査結果や考察に数%でも自分たちの視点での解釈が入ってしまったのは間違いないだろう。これは最終プレゼンでも見抜かれている。やはりホンモノに通用するためには、ホンモノを扱うしかない。インタビューも、分析方法も、現場の手法と同じものを授業で折角学んだのだ。難しいことだが、学生だからこれくらいでいいや、という妥協は捨ててでもやる価値はあると思う。自分の今後に活かす教訓だ。
(T-Square最高)
よく考えてみれば、カードにした意味づけがこれだけでは弱すぎたなと思います。実際最終発表会の際にカードにした理由を聞かれ回答につまってしまいました。だけど自分としては印刷することで自分がためてきた記憶を実際に手にとって感じることが出来るという面だけでもカードにする意味はあったのではないかと思います。
(innocent day)
私たちは早くに作品の案が出てしまい、そこから繋がるような調査結果を導き出そうとしました。結果があるのだから、過程もでるだろう!と。しかし、これは計算式とは違うのです。逆に計算しても答えがイコールになることはないのです。
よって、過程を若干偽って都合のいいように変えて発表した中間プレゼンでは、「自分たちの見つけ出したものをきちんと掘り下げた方が良い。」と、見抜かれました。本当に驚きました。
しかし、今見返すと調査からわかったことなどひどいものです。その当時はやはり冷静に見れていなかったのだなというのがよくわかりました。
(順風満帆)
制作について
プロトタイプを作ることによって、「これは不便なんじゃないか。」「この機能がないと後々面倒じゃないのか。」「何であの機能が搭載されてないのか。」など、良い点悪い点が目に見えるので、とても大事なのだとわかりました。一連の流れをプロトタイプで再現出来ないと、パソコンでも出来ないです。というか、プロトタイプがなかったら、パソコンでも作れなかったし…。
はじめは、「最初っからパソコンで作ればいいのに…」て思ってた頃が懐かしく恥ずかしい。
(売上記録)
今振り返ってみると総計して何千行というアクションスクリプトが書かれていた。逆に自分が恐ろしい。発表会当日に色々な人に試してもらうのを見ていたときに、作ってよかったー。と非常に達成感に溢れた。
MemoryBankというアプリは中間発表の時には違うタイトルでターゲットもシステムを若干違っていた。
そう、このMemoryBankに行き着くまでに激しい苦労があった。
ただ、このグループは議論が大好きなので、「メールとは何か」とか、ある意味で哲学的な部分まで足を踏み込んだことにより、他のグループとは違った考え方が出来たのかなと思う。とにかく、深く深く深く深く考えた。これはグループのみんなで考えた企画・システムで、自分はそれを単純に実物にしただけ。
みんなが居なければこの詳細プロトタイプは作れなかったんだよ!!!
(全力MAN)
グループワークについて
グループワークは自分の見えないところが見えたり、グループが見えていないところが自分の頭の中で見えてきたり、そして勿論誰も見えない部分も多々あり、その答えをみんなの意見を吐き出し合い、見つける限りの穴を追求していった。グループを通して自分という人間の形も見えたような気がした。
今までも散々触れているが、私たちのグループは意見共有についてはとても優秀であったと思っている。多数決という考えは、この人数で、かつ一つのものを作り上げるに当たっては不要な決め方であるという事が分かった。それは7-0に意見がなるまで話し合いを進める事。納得がいかない事は常に聞く事。
わからない事はわかるまで聞く事。
(かんがえるカエルの子)
グループワークでは「粘り強さ」も身に着いたように思う。
話合いが息詰まったらそこで諦めるのではなく、最後まで考え抜くこと。私自身は基本的に諦めない性格であるが、誰かが諦めてしまうと一緒に諦めかけてしまう。そんな時,私にとって大きな存在だったのがリーダーという存在だった。やっぱりリーダーという代表が居るだけで心の支えになる。グループワークではリーダーの重要さも実感できたように思う。
(おにっちBlog)
「下を向かないで」
→議論が進めば進むほど、人は疲れる。当たり前だ。
でも、そんなときこそ下を向くな!どうでもよくなってきたよ・・・と、感じてしまうときが来てしまう!意地でも、正面向いてよう。みんな疲れてるんだから。
(まぜごはん)
あとは、本当にブレーンストーミングが出来ていない班だと思いました(笑)多分最後まで出来てなかったと思います(笑)他の班の話とか聞くと本当にだめだなあと…
最初のほうとかほんとに意見を言うのが怖かったですもん!(笑)みんなでディスカッションしている時、わたしもはっと我にかえって、『あ、今人の意見潰してる!』ってことがよくありました。。でもみんな成長したのか、仲が深まったのか?最後のほうは結構意見など、最初のときより怖くはなかったです。プロジェクトまでに自分も色々考えなければならないですね。自分の課題です.
(ちょけぷりぶろぐー)
自分たちのグループは他のグループに比べてものすごくおとなしいグループでした。たぶん周りの人達もあのグループあんなにおとなしいグループの人が集まって大丈夫なのか、と心配されていたと思います(笑)
今までの話し合い全部を振り返ってみても他のグループと比べて発言の数は少なかったと感じます。問題にぶち当たるとみんなそこで考え込んでしまい口数が減りただ時間だけが過ぎていくということが多かったかもしれない。
発言しなくちゃなにも始まらないし、現状を変えることができないと頭の中ではわかっているのに考えが浮かばなくて発言ができないというもどかしい思いをずっとしていました。今思えばその時に考えが浮かばなくても自分の今思ってること、どんな些細なことでも言っていれば良かったかなと思います。その些細なことを他のメンバーが広げてくれるということもあったかもしれない。
(ロングロングフェイス)
プレゼンテーションについて
が……まさかの中間プレゼンで、討ち死にのはめに…。企画については、面白いのではないかという声も聞こえたのではあるが、発表の仕方がだめすぎた。ほかの班の人たちは、劇をしたり、人形を操ったりととても楽しくやっていたのであるが、自分たちの班は、模ぞうしで発表であった。
その結果、自分たちの作っているものの魅力をうまくつたえることができずに終わってしまった。今でもあの時のことは、ショックであり発表の厳しさを教えてくれたものとして、記憶に永遠に残っていくだろうと感じる。
(山の上の専修)
プレゼンテーションにおいて一番大切なことそれは、言わずもがな自分たちがその作品に対して一番の理解者であること、そしてそのコンセプトを深く理解していることである。曖昧な考えや、固まっていないアイディアではプレゼンを行う相手にその内容が伝わらないだけではなく、間違った情報や理解を伝えたりさせてしまうことになるのであることを学んだ。またプレゼンテーションを行うことで、自分たちでは考えが固定しまって見えなくなってしまっていたものを、発見する場にもなるということがわかった。(中間プレゼンの場合に限るが)。
発表の仕方について一番ダメであると感じたことは、パワーポイトだけや、文章だけを使った単調な発表である。もちろん時と場合によってはそれは必要なことなのであるが、少なくとも今回のような作品を発表する際には、相手を楽しませて興味をひかせるといったことが大切になってくる。興味を持ってもらえなければ何も始まらないのだ。
(専大にっき)
「制作物に思い入れがあれば、批判も受け入れられる」
前期では正直つっこまれるのが怖くて仕方がなかった、中間プレゼンが、今回は少し楽しみだった。なぜなのかを考えたら、作っているモノに対しての思い入れが違っていたことに気付いた。前期以上に長い時間をかけて考えた僕らの企画にはある程度の自信も持っていたし、何よりもっといいものにしたいという思いが強かった。だから中間プレゼンやシャッフルディスカッションの場でも、意見をしっかり受け止められたのだと思う。
(KJ倉庫)
