綿貫理明のプロフィール

誕生:東京都大田区で生まれる。
終戦後の物のない貧しい時代であったが、
戦争から開放され人々の心は明るかったと聞く。
藤山一郎の「青い山脈」や
並木道子の「リンゴの歌」を聞いて育つ。

小学校:横浜国立大学学芸学部付属鎌倉小学校。クラシック音楽が好きだった。若く苦労もなかった当時はモーツァルト、苦労した中年以降はバッハ。昭和30年代、高校教師の家庭で、豊かではなかったが、両親の愛情の元に育てられる。人々は豊かな社会を築くことを夢見て一生懸命働いた。豊かで物があふれる現代に比べると、当時は人々に目標があったように思う。
中学校:横浜国立大学学芸学部付属鎌倉中学校。アンプや送受信機など真空管使用の電子工作を行い、アマチュア無線技師の国家資格を取得。送受信機によりハムの仲間と交信した。現在では電子メールで小中学校の同窓生とやり取りをしている。

高校:神奈川県立湘南高等学校卒業。受験勉強一筋、同じ高校の卒業生には石原慎太郎がいる。
大学:東京工業大学電気工学科卒業。4年の時に大学紛争で半年ほど休講が続く。同じ学内では菅直人が穏健派の学生運動で活躍していた。

三菱電機に就職した。新入社員研修は名古屋製作所で行われた。休日を利用して大阪の万国博に行き、“月の石”を見た。東大宇宙研、宇宙開発事業団などから受注した仕事の電子回路設計、アセンブリ言語でのシステム開発などに従事。5年ほど勤務したが、自分のやりたいことを求めてアメリカに留学。初めての海外経験で大変苦労はしたが、友達には恵まれていた。カリフォルニア大学大学院では通信システム(MS)、計算機科学(Ph.D.)を学んだ。ポストドクトラルの研究員をする傍ら、就職活動を数ヶ月続けた。日本IBMでは、音声認識、垂直磁気記録、ハードディスク装置、走査型プローブ顕微鏡による超高密度記録の研究開発に従事した。この間能力開発の一環として、“脳力開発研究所”の志賀一雅所長から、アルファ脳波の状態で目標とするイメージを右脳に入力するSRP(Self Regulation Program:自己恒常性プログラム)を受講して強くなった。これにより、IBMのワトソン研究所(アメリカ)やチューリッヒ研究所(スイス)を訪れ、1986年度ノーベル物理学賞受賞者のH.Rohrer博士やG.Binnig博士とも面会した。人生計画により大学へ転職することを考える。

専修大学 経営学部 (平成7年):企業から大学への転職という狭き門を突破して、専修大学経営学部において、情報管理概論コンピュータ概論、情報科学特殊講義などを担当し、情報ストレージ研究推進機構から研究助成を得て超高密度磁気記録の研究を行う。経営学部では昔、鳩山由紀夫が教えていたそうであるが実際に面識はない。その他の経営学部教員(出身者)で実際に議員なった人、立候補した人は3人ほど知っている。
ネットワーク情報学部 (平成13年):コンピュータハードウェア、情報リテラシ演習を熱心に講義する。情報科学研究所事務局長、アメリカンフットボール部副部長などを歴任する。教育と研究の両立を目指す。